研究内容の紹介

コンパクト天体の観測的研究

連星ブラックホール

— 標準モデルとそれを越えるもの —
恒星質量ブラックホールがふつうの恒星と近接連星をなすと、 星からのガスがブラックホールに吸い込まれるさい、強いX線を放射する。 我々はそのX線を手掛かりに、ブラックホールが実在するという証拠を次々に固めてきた。 質量降着率がやや低い時は標準降着円盤の描像が成り立つが、 降着率が高くなって Eddington 限界に近づくとそれが破れ、 コンプトン散乱の効いた円盤や、「スリム円盤」が発現することも、 世界で初めて観測的に確認した (宇宙研などと協力)。

一方、質量降着率がひじょうに低い状態になると、標準降着円盤がやや後退し、高温の熱的コンプトン雲がブラックホール周囲に形成されると 考えられてきた。また、30年ほど前に「ぎんが」衛星などの観測によって、この状態のときのみ激しい時間変動が現れることがわかっている。 しかし、熱的コンプトン雲の形状や大きさ、コンプトン散乱される種光子の起源、 熱的コンプトン雲と激しい時間変動との関係についてはまったくわかってない。 私たちは、この謎の解明に挑むため、「すざく」衛星を用いて、白鳥座X-1 (Cygnus X-1)を観測した。その結果、次のような約3桁にわたり高い精度のスペクトルを取得できた。

上の図の赤で示したスペクトルが全観測時間で積分したスペクトルである。縦軸は放射強度である。さらに約1秒のオーダーで時間変動するスペクトルの取得にも成功し、それは上の図の緑のスペクトルである。これらのスペクトルを詳細に解析することにより、熱的コンプトン雲が降着円盤に比べてやや厚みのある形をしていることと、数秒の時間スケールで熱的コンプトン雲の温度もしくは厚みが時間変化していることを、世界でほぼ初めて観測的に明らかにした。 (牧島、高橋、山田 他 2008)。

はくちょう座X-1(Cyg X-1)の研究を通して、BH連星の解析手法をほぼ確立することに成功し、その後「すざく」衛星によるBH連星の研究は目覚ましく進展した。下に示したのが、「すざく」によって得られた代表的なブラックホール連星のスペクトルである。

横軸はエネルギー、縦軸はCrabとの比スペクトルに距離の2乗をかけたものになっており、ブラックホールに単位時間に降り積もる質量(質量降着率)に近似的に比例する量である。ブラックホール近傍の降着流の基本的な性質は、質量降着率で区別できると考えられており、実際にこの図で上方向に行くほど右下がりのスペクトルになり、下方向に行くほど、右上がりのスペクトルになっている事がわかる。これらのスペクトルの違いから、ブラックホール近傍の降着流を解明し、ブラックホール時空に迫ることができる。右図のような約0.5 keV から 300 keVにわたる広帯域のスペクトルが、これほどにきれいに取得できたのは世界で初めてであり、そのため、これら全てから新しい知見が得られ、論文化に成功した。4U1630からは、世界で初めて詳細な吸収線構造とその時間発展を捉える事に成功した(久保田他2007)。GX 339-4では、相対論的に広がった鉄輝線と円盤放射から推定される内縁半径から、このブラックホールは無回転ブラックホールである可能性が極めて高いことを詳細な解析から明らかにした(山田、牧島他2008)。現在も観測と解析が進んでおり、今後もブラックホールの新しい描像を少しずつではあるが発見していけると期待している。

太陽の数百倍の質量をもつブラックホール

— どうやってできたのか? —
近傍の渦巻き銀河の腕には、しばしば異常に明るいX線の点源が見られる。 我々はをれらを ULX (Ultra-Luminous X-ray Sourece) と名づけるとともに、 「あすか」の観測を通じ、ULX が太陽質量の数百倍のブラックホールである という驚くべき可能性を、世界で初めて提唱した (広島大、宇宙研などと協力)。 しかも円盤の X 線が異常に高温なので、ブラックホールは高速回転している可能性がある。 では、そうした重い回転ブラックホールは、どうやって形成されたのか?

巨大ブラックホール

— 怪物は一家に一匹 —
我々は「あすか」を用い、近傍の多くの銀河の中心に、巨大な質量(太陽の百万倍から一億倍)のブラックホール が潜んでいることを示した。この中心ブラックホールがきわめて活発な銀河は、 活動銀河と呼ばれる。これら巨大ブラックホールがいつどのように作られたか、大きな謎であるが、 狭輝線1型セイファート銀河と呼ばれる一群の活動銀河が、 その鍵を握っている可能性がある。それらは、巨大ブラックホールとしては軽めのものが、 激しくガスを吸い込み成長しつつある現場と考えられる。我々は、連星ブラックホールとの類推を通じ、 この描像を追求している。ここでも すざく衛星が切り札となると期待され、とくに HXD-II による硬X線成分の観測は重要である。

平成 14-18 年度科学研究費「ブラックホール天文学の新展開」

雷雲は天然の粒子加速器か?

— 雷雲電場で加速された電子からの制動放射ガンマ線の観測 —

宇宙物理学や天文学、あるいは地球惑星物理学にまたがる重要なテーマのひとつに、 高エネルギー粒子が「どこで」「どのように」「どれくらい」加速されたのかという謎があります。牧島研究室、そして中澤研究室がこれまで取り組んできた、宇宙最大の構造を誇る銀河団や、極限環境のブラックホールや中性子星、白色矮星などでは、荷電粒子の一部が加速され、わたしたちの地球にも降り注ぐ宇宙線になっていると考えられています。 このような遥か彼方を目指す巨大科学の一方で、わたしたちにとって身近な雷や雷雲といった現象にも、宇宙の遥か彼方の極限環境で起きているような粒子加速が、実は隠れていることが明らかになってきました。

中澤研究室では(前身の牧島研究室時代の)2006年度から、理化学研究所の牧島宇宙放射線研究室と合同で、日本 海側に放射線検出器を設置し、冬季雷雲に伴って報告されていた「謎の放射線現象」 の解明に着手しました。シベリア寒気団からの風が日本海上空を通過する際に形成す る冬季雷雲は、世界的に見てもエネルギーの大きな雷を生じ、雷雲の高度も低いとい う面白い特徴を持ちます。この雷雲に同期して環境放射線が短期間に増大したように 見える現象がこれまで報告されてきましたが、その正体はよくわかっていませんでした。

東大と理研の合同チーム(GROTH Collabolation)は、2006年度冬季の観測中、その冬で 最も巨大な低気圧が発達した2007年1月7日に、雷放電が生じる70秒ほど前におよそ40 秒ほどにわたって、上空から10MeVに至るガンマ線が到来している現象を検出することに 成功しました。この雷雲からのガンマ線は、雷雲内部の強い電場領域において、電子が 相対論的な領域まで加速された際の制動放射ガンマ線だと考えられ、地球表面から数km 足らずの雷雲内部において、実際に電子が加速されている証拠を掴んだものと考えられ ます。2007年度の冬季にも観測を続け、すでに新たな雷雲ガンマ線現象を一例観測して います。雷雲ガンマ線現象が実際に存在することが明らかになったいま、次には小型の 放射線検出器を多数並べるなど、最新の観測技術を取り入れつつ、さらなる観測を続け ていきます。

実験室から人工衛星にまで応用できるデータ通信システム

— SpaceWireインタフェースを用いたデータ取得システムの開発 —
Small Sized Computer : SpaceCube

人工衛星やロケットには、膨大な量の電子機器が搭載されており、それらが互いに通信して 情報を伝達しあうことで、正しい動作を行っています。たとえば、宇宙X線観測衛星では、 自分(衛星)が今いる位置を、太陽センサや星トラッカーで計測し、望遠鏡の向きを変えるために 姿勢制御装置にそのデータを伝えなければいけません。また、望遠鏡を使って撮影した 天体のX線写真を、衛星内部の記録装置に保存したり、保存しておいた写真を地上の基地局に 向けて送信するときなど、いろいろなところでデータ通信を行う必要があります。 ところが、これまでの衛星では、各搭載機器を接続するためのインタフェース(I/F:コネクタの形や、 電気信号の電圧、データ送受信の仕方など)が、それぞれの衛星ごとにバラバラで、 新しい衛星を作るときには、搭載機器だけでなくI/Fの開発や試験からやり直さなければ ならず、大きな手間になっていました。

「世界的に統一された宇宙機用の通信I/Fを作ることで、個別のI/Fの開発・試験をしなくて 済むようにし、衛星づくりをもっと簡単にしたい」たいという目的から、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)、 日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)、アメリカ航空宇宙局(NASA)などを中心に、 「SpaceWire(スペースワイヤー)」という標準通信I/Fの策定作業が行われてきました。 SpaceWireの目標を、パソコンの世界で例えると、プリンタ、デジカメ、外付けHDDなど、 機能は違っても、どれもUSBコネクタを備えていて、USBケーブルでPCと接続すれば 簡単に使えるようにしたい、ということです。個々の機器(コンポーネント)をカシャカシャと 接続していくと、それだけで衛星が出来上がるようになり、結果として宇宙を利用するための 敷居が下がるのではないかと考えられています。

SpaceWire Interface Circuit Board中澤研究室では、JAXA/ISASの高橋研究室などと合同で、SpaceWire関連機器の開発を 行っています。私たちは、人工衛星に搭載するX線検出器を開発しているので、そのデータを 読み出すためのシステムとしてSpaceWireを利用します。小型コンピュータ SpaceCube(シマフジ電機株式会社;写真)と SpW I/Fボード(同)をもちいて、検出器のデータをSpaceWireネットワークに流したり、 取得したデータにたいして、計算や保存などの処理を行います。 現在までに、複数の実験において、SpaceCubeと回路ボードを用いてデータ取得・検出器制御が 行われており、そうして開発された機器の一部は、すでに実際に宇宙に行くことが決まっています。

SpaceWireの特徴

  • 電力消費を低減できる、簡単なプロトコル
  • 冗長系が設計しやすい、自由なネットワークトポロジー
  • 2-400Mbpsという幅広い通信速度
  • 自由に決められるパケットサイズ

Features of SpaceWire

参考リンク
ヨーロッパ宇宙機関(ESA)の「SpaceWire – Home
JAXA/ISAS高橋研究室(SpaceWireの説明ページ)
シマフジ電機株式会社SpaceCube

2009-04-17